福島地方裁判所いわき支部 昭和47年(ワ)68号 判決 1974年7月22日
原告
常洋商事株式会社
被告
平山忠広
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一双方の申立
一 原告
(一) 被告は原告に対し、金一三三万六、五〇四円とこれに対する昭和四七年二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行宣言。
二 被告
主文と同旨。
第二双方の主張
一 請求原因
(一) 原告は石炭の販売等を営む会社であり、被告は昭和四四年五月二五日頃原告会社に入社し翌年二月二二日頃退社するまで原告会社においてトラツク運転の職務に従事していたものであるところ、被告は原告会社の業務に従事中に左記交通事故を起した(以下「本件事故」という。)。
記
1 日時 昭和四四年一一月三〇日午前一一時三〇分頃。
2 場所 福島県双葉郡浪江町大字藤橋字日向五三番地先路上(国道六号線)。
3 加害車両 普通貨物自動車(福島一す八八八一号)(被告運転)。
4 事故の態様 被告が先行車を追い越すためセンターラインを越えて進路右側へ出たところ、対面進行してきた訴外橋浦幸雄運転の普通貨物自動車(以下「本件被害車両」という。)と衝突した。
(二) 本件事故については、被告に次のとおりの過失があつた。
即ち、右追い越し地点は道路の幅が約七・五メートルであり、右カーブの右側は山になつているため前方の見通しが困難であつたから、被告としては事故発生を防止するため、カーブの地点における追い越しを見合わせるべき注意義務があるのに、これを怠つて、カーブ地点で先行車を追い越そうとしてセンターラインを越えて道路右側に出た過失がある。
(三) 本件事故により本件被害車両は大破し使用不能となつてしまつたゝめ、原告は被告の使用者として、昭和四四年一二月一一日、福島三菱ふそう自動車販売株式会社から普通貨物自動車(宮一せ六九六六号)を買求めて、その所有者である訴外佐藤博に対する本件事故にもとずく損害賠償としてこれを贈与した。
そのために原告が負担出捐した金員は次のとおりである。
1 金一六三万円
自動車代金。
2 金二三万六、〇六四円
右代金支払が昭和四五年六月三〇日より昭和四七年一月三一日までの二〇回に亘る月賦であるため、原告はその月賦手数料(金利)として日歩三銭二厘の割合による金員を支払うことを約した。
3 金六万九、〇五〇円
右買受車両の自賠責保険料。
4 金三、七五〇円
右買受車両の自動車税三か月分。
5 金四、〇〇〇円
自動車登録料。
6 金三、〇〇〇円
手形取立手数料。
7 金四万〇、五〇〇円
自動車取得税。
8 金一四万〇、九九〇円
右買受車両の任意保険料。
原告は、右合計金二一二万七、三五四円を昭和四七年一月三一日までの間に支払を了したが、右は被告の過失行為により生じた前記佐藤の損害を賠償するのに要した費用であり、原告は同金額を民法七一五条三項に基づいて被告に求償し得るものであるところ、原告は自賠責保険(任意)金七九万〇、八五〇円を受領したのでこれを控除した金一三三万六、五〇四円とこれに対する最終出捐日の翌日である昭和四七年二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因中(一)項の事実は認めるが、その余の点は不知。
本件事故により佐藤博の受けた被害車両の損害は金七九万〇、八五〇円であり、これについては原告が既に保険会社から支払を受けていることはその自認するとおりである。
三 抗弁
(一) 本件事故当日被告は本件加害車両にブレーキの欠陥があることに気付いたので、原告会社を出発するにあたり被告が運転を拒んだところ、原告会社の上役は修理するようにいつたので、これを修理工場にもつていつたが、当日は日曜日であつたゝめ修理できなかつた。そこで、被告は原告会社の上役岩淵に対して運転を見合せてくれるよう申出たところ「社長命令だから行け。」と言われたため、被告は已むなく出発した。
また、本件事故の前日、被告は硅石を積んだ自動車で福島市まで日帰りで往復していたから、翌日の就労は体力に無理であつたが、社長命令だといわれたので不安をもちながら出発したものである。
さらに、被告が原告会社に雇われた当初は土工の仕事に従事していたものであつて、自動車の運転を始めたのは同年六月頃からにすぎず、未だ運転技術は未熟であつた。
しかるに、原告会社は右のとおり被告に運転を押しつけたのであるから、原告会社には被用者に対する指導監督に落度があつたというべきであり、しかも本件事故当時日給一、二〇〇円でしかなく、現在でも農耕に従事して辛ろうじて生計をたてゝいる有様である被告に求償を求める本訴請求は信義則に反し権利を濫用するものというべきである。
四 抗弁に対する認否
争う。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 (一) 請求原因中、被告が本件事故を惹起したことは当事者間に争いがなく、また、本件事故が使用者たる原告会社の業務として被告が本件加害車両の運転に従事していた際に惹起されたものであることは原告の自認するところである。
(二) ところで、例えば、被用者が偶々私用のために使用者の車両を運転していた際に起した事故の如く、唯単に客観的・外形的にこれを観て初めて民法七一五条一項本文所定の使用者責任を肯認し得るような場合はともかくとして、本件事故のように、主観的・実態的に観ても被用者が使用者の事業たる業務に従事していた際に惹起した事故であることが明瞭な場合にまで、第三者たる被害者に対する賠償義務を果たした使用者は、民法七一五条三項に基づいて常に被用者に求償し得るものと解することには多大の疑問があるものと言わざるを得ない。
即ち、自己の事業活動の一環として被用者を自動車運転の業務に従事させ、これによつて産み出されるところの収益を収めるものは、自動車の運行が他人の生命・身体あるいは財産等を侵害する危険性を常に伴うものである以上、その危険性を予め計算したうえで事業を営み、事故が発生してその危険性が現実化した場合には、それが収益を収めるべき事業活動にいわば必然的に随伴するものと考えるべき範囲に属するものであるかぎり、自からその責任を負担すべきであると考えるのが社会の条理であろうし、自動車運転がともすると巨額にのぼりかねない損害賠償責任を負担せしめる危険性を内包する業務であるにもかかわらず、被用者は自己においてこれを負担するに足りる充分な待遇を受けていないのが一般であるのに対し、事業者たる使用者にとつては、自賠責保険(強制保険)は勿論のこと、その他の損害保険(任意保険)に加入する等して損害の分散・軽減を図ることが比較的容易である現下の社会情勢に鑑みるならば、自己の事業活動に附随して生じた損害を常に被用者の負担において補填しようとするが如きは、いかに考えても衡平の観念に悖るものといわなければならない。
しかして、民法七一五条三項は、その文理においてはなんらの限定を加わえていないものゝ、社会の条理と衡平の観念に則してこれをみるならば、いわゆる外形理論(外観説)を援用することによつて初めて使用者責任が肯認されるに至るような、いわば使用者にとつては不測の損害を受けることになる場合は別論として、外形理論によるまでもなく、いかなる観点からしても、被用者が使用者の事業活動の一環としてその指揮監督のもとに自動車運転の業務に従事していた際に惹起した事故であることが明らかであつて、しかもその事故が被用者たる運転者の故意もしくはこれと同視し得べき程度の重大な過失に起因するものでなく、使用者において当然予期すべき範囲内にあるものと言い得る程度・内容の過失に起因する事故である場合には、その事故に基づく損害については使用者において被用者にこれを負担させるに足りる充分な待遇を与えていたことなど特段の事情のないかぎり、使用者が自からこれを負担すべき責任を負い、これを被用者に転稼し求償することによつてその損害の補填をはかることまで許容しているわけではないものと解するのが相当である。
二 (一) いまこれを本件についてみるに、いずれも〔証拠略〕を総合すると、
1 原告は石炭・硅砂の販売などを営む会社であり、被告は農業を営む父の手伝をする傍ら農閑期には他に勤務していたものであるところ、昭和四四年二月中旬頃原告会社に入社し当初は土工として稼働していたが同年六月頃からは主として大型ダンプカーの運転に従事していたもので、本件事故当時満二六才の独身者であつたこと。
2 被告は本件事故前日に硅石を積載して原告会社から福島市まで日帰りで往復したが、本件事故当日も硅石を運搬して来るべく本件加害車両を運転して午前九時頃原告会社を出発して福島県原町市方面へ向い、午前一一時三〇分頃本件事故現場手前の国道六号線上を時速約五〇キロメートルで北進していたところ、自車の前方を木材を積載した大型貨物自動車がやゝ遅い速度で同一方向に向けて走行していたのでこれを追い越すべくセンターラインを越えて道路の右側に出て本件衝突地点の手前約五五メートルの地点に進出し右大型貨物自動車と併進していた際、前方約四八メートルに時速約六〇キロメートルで対向してくる本件被害車両を発見し、衝突の危険を感じてブレーキを踏みながら左に転把したが間に合わず、本件事故に至つたこと。
3 本件事故現場付近の道路は幅員七・五メートルでアスフアルト舗装が施されているが、本件加害車両の進行方向からすると右にゆるく屈曲しているうえゆるやかな上り坂になつているため見通しが悪く、しかも本件事故当時は小雨が降つていたこと。
4 被告は本件事故当時一日八時間から一〇時間程度稼働していたが、その給与は日給一、二〇〇円で、一か月当りでは最高の場合でも三万円程度の収入を得ていたにすぎず、原告会社を退社して農業に従事している現在においても、農業収入と日雇いなどによる臨時収入を合わせても年収は金六五万円程度しかなく、老令の母親との生活さえ辛うじて維持しているにとどまること。
以上の事実を認めることができる。
(二) 右認定事実によると、本件事故は見通しの悪い地点と状況下で前方の安全を確認しないまゝ追い越しをはかつた被告の過失に起因するものであるが、右過失の程度・内容は未だ故意と同視すべき程の重大な過失とは言い難く、また、本件事故当時における被告の給与は、いさゝか苛酷との感さえも抱かせかねないその労務の程度・内容に比するといかにも低廉であつたと言わざるを得ず、その年令や勤務年限が短いことなどを考慮しても、原告会社はその業務に従事していた際の事故に基づく損害を被用者たる被告自身に負担せしめるに足りる充分な待遇を与えていたものと評価することは到底困難であり、却つて求償をなし得る余地のない程度の待遇を与えていたにすぎないものというべきである(ちなみに、〔証拠略〕によると、本件事故の半年程前にも原告会社の業務として大型ダンプカーを運転中に追突事故を惹起し、その際にも原告会社において物損三万円につき被害者に賠償したが、これについては原告会社も被告に求償しなかつたことが認められる。)。
そして、本件事故が原告会社の業務に従事していた際のものであることは、前示のとおり、原告の自認するところである。
そうとすると、本件はまさしく使用者たる原告会社が自からの責任において被害者に生じた損害を賠償すべき義務を負担し、これを被用者に求償して補填をはかることができない場合に該るものというべきである。
三 よつて、民法七一五条三項に基づく原告の本訴請求は、その余の点について触れるまでもなく、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川原誠)